Musical Language of "Chiptune"

チップチューンの音楽語法


 1970年代、日本のゲーム音楽は、西洋音楽をそのまま用いることから始まった。80年代に入っても、「マリオブラザーズ」(1983年7月発売)では「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(モーツァルト)が、「デビルワールド」(1984年10月)においては「くるみ割り人形」(チャイコフスキー)が引用されている。

 ところが、1980年11月発売の「ラリーX」では、単なる効果音や断片的な既存楽曲の引用ではなく、新たに作曲された固有の楽曲としてのBGMが、ゲームのプレイ中、途絶えることなく再生される。また、同時期に発売されたアーケードゲーム版「ドンキーコング」(1981年7月)では、短いフレーズではあるが、「ハンマーのテーマ」がライトモチーフ的に用いられた。このように、1980年を境にして、日本では、西洋音楽の音楽理論や作曲法に倣いつつ、独自に発展した固有の楽曲が数多く登場した。

 1970年のビデオアーケードゲームの登場当時から、海外でのビデオゲームの音響は、もっぱら「効果音」(非楽音)を重視していた中で、日本のビデオゲームでは、1980年以降、「旋律」を重視した進化を遂げた。「スーパーマリオブラザーズ」(1985年9月)や、「ドラゴンクエスト」(1986年5月)はその最たるものである。

 また、スーパーマリオの「効果音」をみても、その音は単なるノイズではなく、旋律的なものが多く用いられているが、これは、それ以前のゲームにあまり見られない特徴である。例えば、レベルアップ音にみられる長三和音の分散和音による平行和音の半音階的上行、ゲームオーバー音にみられる減五度音程の平行による半音階的下行、ワープ音にみられる、執拗な同音連打、ゲームクリア音における「ファンファーレ」の様式など、そこには、以後登場する他の作品にも、ある程度共通した音楽言語が見出せる。

 「チップチューン」は、西洋音楽をルーツに、高度成長期の日本で生まれ育った、いわば「民族音楽」ともいえよう。古今の西洋音楽における「日本」や「民族音楽」の扱われ方、いわゆる「オリエンタリズム」のカリカチュア、自虐的な自己防衛としての「セルフ・オリエンタリズム」の態度をもって、私は、その音楽語法を自身の作品に用いて西洋音楽の文脈で提示している。またそれは、西洋を発祥とするアカデミックな音楽の世界において、日本を出自とする私が、マイノリティとして生きる上でのサバイバルスキルにほかならない。


2022年2月 梅本佑利