Tagging (2021) for Cadenza, Mozart Violin Concerto No.3

Tagging (2021)

FOR CADENZA, MOZART VIOLIN CONCERTO NO.3



「Tagging」は、モーツァルト・ヴァイオリン協奏曲のカデンツァである。作曲の依頼は、演奏会前日の夜で、本番当日の朝に完成した。
 徹夜という極限状態の中で、私は一つのアイディアを手に入れた。
 私の過去の作品には、8bitゲーム的なエフェクトサウンドや「スーパーバッハボーイ」などといった、いわば「作家のアイコン」的なモチーフが同じ形で頻繁に登場する。これは一種の存在主張の発露による、自己を誇示する「署名」とも言えよう。 この行為をグラフィティの「タギング」として捉えたのが、今作品のコンセプトだ。
 グラフィティにおける「タギング」とは、スプレーなどを使い、名前、クルー(自分の属する集団)、出身地などを書き殴ることを言う(*1)。これには様々な種類があり、中には電車に描かれた「トレインボム」、ビルの屋上などに描かれた「ルーフトップ」など危険なものもある(*2)。もちろん、こうした犯罪行為は、法律によって規制されている。
 他方、クラシック音楽の世界にも、伝統や慣習といった、見えない「法規」があるかのように語られることがある。
 委嘱者の成田達輝が私に「モーツァルトであまりに突飛な事をやるのは危険だ」と語ったのは、まさにこれである。
 歴史的巨匠による、いわば「公共物」とも言える作品を、エゴな表現を目的として、上書きや改編する行為は、ある種のタブーであって、時と場合によっては、楽壇から厳しく非難されるだろう。しかし、そのような「公共物」に上書きする行為も、音楽表現においては、著作権の侵害や非倫理的な意図でない限り、表現の自由のもと、至って健全なものだと言えなくはないか。
 このような見えない「法規」を突破し、自由な表現を模索することは、「スーパーバッハボーイ」(2020)以降、私の重要なテーマのひとつだ(*3)。
 なお、協奏曲において「カデンツァ」とは、誰もが後から自由に創作することができる点において、クラシック音楽の中でも特殊な存在であるといえよう。
 この作品は、カデンツァに、オリジナルと全く関係のない作家独自のアイコンを「タギング」し、聴く人に強烈な印象を与えることを狙っている。
2021年8月30日 梅本佑利
*1)タギング - Wikipedia
*2)「マイアミの伝説的グラフィティ・クルーが語る、シーンの変遷」https://youtu.be/Z9VspsOvEP8
*3) Super Bach Boy
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performed by Tatsuki Narita and Hokkaido Toho-Kai 35th Kinen Orchestra  / 成田達輝、北海道桐朋会35周年記念オーケストラ, violin
Recorded at Sapporo Concert Hall Kitara Small Hall on August 14, 2021  / 2021年8月14日、札幌コンサートホールKitara 小ホール
to buy score: email: yuri@umemoto.org